2020年の東京オリンピックで新競技となったスポーツクライミング。
そのスポーツクライミングで有力な金メダル候補としてパリ五輪でも名前があがっているのは、楢崎智亜選手です。
楢崎選手の父親は開業医であるということは有名ですが、そのお父さんと交わした約束や、そしてイケメンの楢崎選手のお兄さんもスゴイ選手でした。
楢崎智亜の実家は病院!父親と兄が医師
楢崎選手のご実家は個人クリニックであり、父親の克雄さんはその理事長や院長をされている人物です。
- 医療法人雄仁会 五郎台ファミリークリニック 理事長・医師
- 在宅療養支援診療所あいクリニック 院長(鹿島灘ヴィルソレイユ理事長)
なので、ご実家はかなりのお金持ちだと考えられます。
そして、楢崎選手にはお兄さんがいて、その方が医師の道に進んでいます。
ですが、最初から医師を目指していたわけではなく、文系の大学に進学していたのだと言います。
それがなぜその大学を辞め、医学部に入ったのかというと、楢崎選手が世界に挑戦している姿を見て病院を継ぐ決心をしたからなのだそう!
それに対して父親の克雄さんは「継がなくていい」とおっしゃったそうですが、お兄さんは医師の道に進んでいます!
ちなみに弟さんの明智さんは楢崎選手と同様にクライマーの道に進み、世界で活躍しています。
楢崎智亜(ならさきともあ)のクライミングを始めたきっかけ
世界で活躍するスポーツクライミングの楢崎明智選手。
その楢崎選手が、スポーツクライミングを始めたきっかけもとても気になりますよね。
実は、楢崎選手がクライミングを始めたきっかけというのは、「お兄ちゃんがクライミングをやっていたため」という意外にも単純なものなんです。
元々器械体操をしていたということなのですが、実は突然体操をするのが怖くなってしまい、施設に入ることすらできなくなってしまいます。
そこで、お兄ちゃんが通っていたクライミングを始めたということでした。
きっと楢崎兄弟は、仲がとても良かったんじゃないでしょうか!
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お兄ちゃんに憧れる弟。
”スポーツ選手の兄弟あるある”ではありますが、想像するとめちゃくちゃ可愛いです。
そこから、兄を超え世界一にまで上り詰めた楢崎選手。
楢崎智亜(ならさきともあ)が世界一のきっかけとなった父親との約束
楢崎選手の代名詞ともいえる「トモアステップ」は、今や世界の選手が真似をするクライミングのワザで、
それをマスターしている楢崎選手は「忍者」とも呼ばれています。
東京2020まであと555日。
クライミング・楢崎智亜さんのメッセージは「金メダルまで登る」
東京2020の新種目・クライミングで初の金メダリストとして表彰台の真ん中に立つ楢崎選手が見たいです!がんばってください!!👇インスタグラムhttps://t.co/v3kuayiGV9 pic.twitter.com/9xh3krHwmV
— スポーツナビ (@sportsnavi) January 16, 2019
トモアステップを完成させた楢崎選手が行うのは、動物の動きをマネたトレーニング!!
つまり、すでに人間の枠を超えたところにいるということで、そのトレーニング法にも驚きです。
そんな楢崎選手が世界一となったきっかけは、「2年後に結果がでなかったら、やめる!!」という、お父さんとの約束が原点となっています。
実はこれは有名なことなのですが、楢崎選手の父親は医師!なので、楢崎選手にも医学部に行って医師になってほしい気持ちがあったんですよね。
ても、その父親と交わした約束が、決意となり、ひとつ突き抜け世界一となるきっかけになったそう。
世界大会で優勝して流れが来ていたため、東京オリンピックが延期になった瞬間はとても残念だったとのことですが、
当時は気持ちを切り替えさらに1年後にむけて「スポーツクライミングというオリンピックの新競技で初代金メダリストを目指す」と力強い言葉を語っていました。
スポーツクライミングが大好きな楢崎選手は、けっして楽しむことを忘れません。
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インスタではこんな面白い紹介動画も見つけました。
楢崎智亜の出身高校や大学は?
楢崎選手の出身高校は、地元の公立の栃木県立宇都宮北高等学校です。
偏差値は60と頭の良い高校です。
実家が病院ということもあり、楢崎選手は医学部に進む道も考えたようですが、プロクライマーへの道を選択。
なので大学には進学していません。
父親との2年の約束もあり、そこから世界一のクライマーへと歩んでいきます。
楢崎智亜のプロフィール&経歴
- 生年月日:1996年6月22日(2024年7月現在28歳)
- 出身地:栃木県宇都宮市
- 身長:170cm
- 体重:60㎏
- 体脂肪率:2-4%
- 異名:ninja
- 得意技:Tomoa skip
幼稚園から器械体操を始め、県大会で入賞。
その後突然体操が怖くなり、10歳で体操を辞めます。
兄がやっていたスポーツクライミングジムに遊びに行った時にやってみたいとなりクライミングをスタート。
2011年:中学3年生でジャパンカップに初出場。
2014年:高校3年生でワールドカップに初出場。
2015年:高校を卒業してから18歳でプロクライマーへ。
2016年:ワールドカップで2勝し、世界選手権優勝を達成。
世界ランキングで一気に1位になります。
2016年と2019年に、IFSC クライミング・ワールドカップ ボルダリング種目で年間総合優勝を達成。
そして東京オリンピックのスポーツクライミング競技 日本代表選手となります。
2021年8月:東京オリンピックで4位入賞
2021年12月:野口啓代(のぐちあきよ)選手と結婚。
そして、2024年のパリオリンピックの日本代表選手にも選ばれています!
まとめ
- 楢崎智亜(ならさきともあ)選手がクライミングを始めたきっかけは、小さい頃に「お兄ちゃんがクライミングを始めたから」というスポーツ兄弟あるあるなエピソードでした
- トモアステップで知られる世界の楢崎選手が世界一になったきっかけは、父親との約束「2年後に結果がでなかったら、やめる!!」というもので、その強い決意が世界一という結果につながっていました
- その超人的な動きから「忍者」とも呼ばれる楢崎選手は、スポーツクライミングのことが心から大好きで、新競技となったスポーツクライミングでのオリンピックの金メダルを目指し頑張っています